年を重ねてわかること

もうすぐ、父の33回忌を迎えます。
33回忌を迎えた魂とは、いったいどんな状態なのだろう。
修行はもう終わったのか、それとも、すでに誰かの肉体に宿っているのだろうか。
そんなことを、ふと考え、思いを馳せる季節になりました。
父は60歳で旅立ちました。
37歳のときに脳血栓を患い、右半身不随となり、そこから23年間、不自由な身体で生きました。
当時は、障害のある方が社会で働くための仕組みも、今ほど整っておらず、父はずっと自宅療養。
囲碁が好きで、囲碁だけが日々の慰みでした。
身体が思うように動かなくなると、心も荒みます。
父はよくワガママを言い、家の中では喧嘩も絶えませんでした。
介護はきれいごとではありませんし、私自身も若く、余裕がなくて、正直なところ
「早く死んでしまえ!」
そんな酷いことを、心の中で何度も思った時期がありました。
けれど、自分が父の旅立った年齢に近づくにつれ、見える景色が変わってきました。
37歳。
男性として、これから社会で脂が乗っていく時期に、突然すべてを奪われた父。
社会活動もできず、身体の自由もなく、小さなアパートの一室で1日を過ごさねばならなかった日々。
どれほどの無念と、不甲斐なさを抱えていたのか。
今は、ようやく慮ることができます。
当時、演歌の歌番組がたくさんありました。
父はそれを観ながら、よく静かに泣いていました。
きっと、どうしようもなかったんだろうな。
今なら、そう寄り添えます。
人は、確かに成長します。
年を重ねて、初めてわかることが、本当にたくさんあります。
そして逆に、それまでは、どうしてもわからないこともある。
だから、年齢を重ねるということは、尊いことなのだと、心から思います。
法要では、あの頃のきつい言葉や態度を、たくさん詫びたいと思います。
そして、父が亡くなった60歳を迎えたとき、
私はいったい、何を思うのだろう。
そんなことを、ぼんやり考える今日この頃です。