もうすぐ、父の33回忌を迎えます。
33回忌を迎えた魂とは、いったいどんな状態なのだろう。
修行はもう終わったのか、それとも、
そんなことを、ふと考え、思いを馳せる季節になりました。
父は60歳で旅立ちました。
37歳のときに脳血栓を患い、右半身不随となり、
当時は、障害のある方が社会で働くための仕組みも、
囲碁が好きで、囲碁だけが日々の慰みでした。
身体が思うように動かなくなると、心も荒みます。
父はよくワガママを言い、家の中では喧嘩も絶えませんでした。
介護はきれいごとではありませんし、私自身も若く、余裕がなくて、正直なところ
「早く死んでしまえ!」
そんな酷いことを、心の中で何度も思った時期がありました。
けれど、自分が父の旅立った年齢に近づくにつれ、
37歳。
男性として、これから社会で脂が乗っていく時期に、
社会活動もできず、身体の自由もなく、
どれほどの無念と、不甲斐なさを抱えていたのか。
今は、ようやく慮ることができます。
当時、演歌の歌番組がたくさんありました。
父はそれを観ながら、よく静かに泣いていました。
きっと、どうしようもなかったんだろうな。
今なら、そう寄り添えます。
人は、確かに成長します。
年を重ねて、初めてわかることが、本当にたくさんあります。
そして逆に、それまでは、どうしてもわからないこともある。
だから、年齢を重ねるということは、尊いことなのだと、
法要では、あの頃のきつい言葉や態度を、
そして、父が亡くなった60歳を迎えたとき、
私はいったい、何を思うのだろう。
そんなことを、ぼんやり考える今日この頃です。
