人はときどき、
「なぜ私は、この人生を生きているのだろう」
そんな問いを、ふと胸に抱くことがあります。
それは大きな出来事が起きた時だけでなく、
昔から何度も繰り返されてきた違和感や、
なぜか心に引っかかって離れない記憶の中から、
静かに浮かび上がってくるものです。
私にとって、その問いの一つが
「父」と「占い」でした。
私の父は、私が幼き頃に脳血栓で倒れ、
その後は長く、病と共に生きる時間を過ごしました。
家に「元気な父」がいる、という感覚は、
実は私の人生にはあまりなかったのです。
それでも父は父としてそこに存在し、
私はその娘として成長していきました。
一方で、占いは幼い頃から、
ごく自然に私のそばにありました。
最初はただの興味や好奇心。
雑誌を眺め、言葉に惹かれ、
少し不思議な世界に触れている感覚でした。
成長するにつれ、私はさまざまな先生に
鑑定していただくようになります。
すると不思議なことに、
年配の四柱推命の先生方が、
決まって同じ問いを口にされるのです。
「あなたのお父様は、お元気ですか?」
なぜ皆、同じことを尋ねるのだろう。
ただの偶然だと思いながら、
「父は若い頃に倒れ、今は自宅で療養しています」
そう答える場面を、何度も繰り返していました。
当時は、
先生方の同じ質問の意味が分かりませんでした。
けれど、自分自身が四柱推命を学び始めた時、
その問いが決して偶然ではなかったことを、
少しずつ理解するようになったのです。
家族との関係。
生まれ持った宿命。
人生の中で背負うテーマ。
それらは後から意味を帯び、
点だった出来事が線になって、
一本の物語としてつながっていきます。
父の病も、
占いとの縁も、
若い頃に感じていた違和感も、
すべてが無関係ではありませんでした。
人は生まれるとき、
過去世の記憶を忘れてくると言われています。
もしすべてを覚えたまま生まれてきたなら、
この人生を体験する意味は、
きっと薄れてしまうのでしょう。
人生の出来事は、
起きた瞬間には意味が分からないことがほとんどです。
けれど、様々な学びを重ねることで、
もしかすると私たちは、
自身が選んできた人生のテーマを、
思い出しているのかもしれません。
