先日、義姉を無事に見送ることができました。
危篤の際には、ご予約をキャンセルさせていただいたお客様、 生徒の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。 改めて心よりお詫び申し上げます。
義姉は丙申の日に旅立ちました。
四柱推命を学ぶ者としては、 「やはり最後まで火の気には勝てなかったのだな。」 そんな思いが胸をよぎりました。
私の母が亡くなった時のことです。
懇意にしてくださっている方が、 「お母さんがあの世への旅の途中で、お腹が空かないように。」 そう言って、手作りのお弁当を持って来てくださいました。
そのお気持ちが本当にありがたく、 深く感動したことを今でも覚えています。
その日から私は心に決めていました。
誰かを見送る時には、私も故人のためにお弁当を作ろうと。
懇意にしてくださっている方が、 「お母さんがあの世への旅の途中で、お腹が空かないように。」 そう言って、手作りのお弁当を持って来てくださいました。
そのお気持ちが本当にありがたく、
その日から私は心に決めていました。
誰かを見送る時には、私も故人のためにお弁当を作ろうと。
今回、義姉のために作ったお弁当です。


慌ただしい中で作りましたので、 決して立派なお弁当ではありません。
それでも、何年もの間、 思うように食べることができなかった義姉のことを思い、できるだけたくさんのおかずを詰めました。
「喜んでくれるかな。」
そんなことを考えながら、一つひとつ詰めていきました。
それでも、何年もの間、
「喜んでくれるかな。」
そんなことを考えながら、一つひとつ詰めていきました。
そして、入院中には少し不思議な出来事もありました。
病院の廊下で、 亡き義母によく似た一人のお婆さんとすれ違ったのです。


老人用の手押し車を押し、義母より少し若く見えましたが、 黒い服に真珠のネックレス。
「病院なのに喪服?」
そう思った瞬間、胸がざわっとしました。
「病院なのに喪服?」
そう思った瞬間、胸がざわっとしました。
亡くなる前には、 お迎えに来た人が見えることがあると耳にしたことがあります。
入院されてる方が見るという話は多いですけれど・・・。私が見るか・・・?
もちろん、私が見た方はまったくの別人だったのかもしれません。
それでも今となっては、あれは偶然だったのか、 それとも何か意味があったのか…。
答えは誰にもわかりません。
それでも今となっては、あれは偶然だったのか、
答えは誰にもわかりません。
今頃は、義父や義母と再会しているでしょうか。
幼い頃から病弱で、たくさんの苦労を重ねてきた義姉。
「次に生まれてくる時は、どうか健康な身体でありますように。」
そんな願いを込めて、 私はそっと旅路のお弁当を棺の中へ入れました。

