真贋を見極め、軸を整える

「占開話堂」に託された不思議なご縁

屋号というものは、
時に名付けた本人の意思を超えて、
後から深い意味を持ち始めることがあります。

私の鑑定所『占開話堂(うらないかいわどう)』にも、
そんな不思議なご縁がありました。

実は、幕末の三舟(勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟)の一人として知られる
高橋泥舟
その人物が、隠居後に掲げていた堂号も、
「占開話堂」だったのです。

もちろん、
私はそのことを知らずに、
この名前を選びました。

けれど後から知れば知るほど、
「偶然にしては、出来すぎているなぁ」
と思わずにはいられません。

泥舟は槍術の達人として知られていますが、
維新後は官職を断り、
静かに書画骨董の鑑定などをしながら暮らしていたそうです。

さらに興味深いのは、
彼が掲げた「占開話堂」という言葉に込められた意味でした。

占(せん)
静かに落ち着くこと。

開(かい)
心を開くこと、悟ること。

話(わ)
親しく語り合うこと。

世の喧騒から少し離れ、
静かに腰を落ち着け、
心を開きながら語り合う場所。

そんな精神が、
この言葉には込められていたそうです。

私はそれを知った時、
「あれ……今、自分がやっていること、そのままかもしれない」
と思いました。

占いというと、
未来を当てるものと思われがちです。

けれど実際には、
迷いを整理したり、
感情を整えたり、
不安で見えなくなった道を、
もう一度見つける作業でもあります。

泥舟は骨董を通して、
「真物か、偽物か」を見極めていました。

そして私は、
占いを通して、
人の心の本質を見つめています。

人は時に、
焦りや不安、
執着や恐れによって、
本来の自分を見失ってしまいます。

泥舟が残した、

「欲深き人の心に降る雪は、積もるにつれて道を失う」

という言葉も、
まさにそのことを表しているように感じます。

心に雪が積もると、
人は道を見失う。

だから私は、
その雪を少し整理し、
本来の道筋が見えるよう、
お客様と一緒に向き合っています。

そして、
ここでもまた不思議な一致があります。

私自身の四柱推命の日干(生まれた日)は、
「庚(かのえ)」。

庚は、
鋭い刃物や刀を象徴する干です。

余計なものを削ぎ落とし、
芯を見抜き、
本質を貫く。

そんな意味を持っています。

そして泥舟は、
生涯をかけて「槍」を磨き続けた人物でした。

「庚」の刀。
泥舟の槍。
不思議なシンクロ。

刃物ですが、もちろん、
人を傷つけるためのものではありません(笑)

けれど、
迷いや虚飾を断ち切り、
本来の自分へ戻っていく。

そこには、
どこか共通する精神があるようにも感じるのです。

名前というものは時に、
自分でも気づかないうちに、
その人の在り方を映しているのかもしれません。

心が揺らぎ、
道が見えなくなった時。

どうぞ、
『占開話堂』へお越しください。

一緒に整理しながら、
あなた本来の「軸」を見つけていきましょう。